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このブログについて

リレー小説について

このブログではは以下3人のブロガーによるリレー小説を公開しています。

 

リレー小説について

ノリと勢いだけでノープランにはじめて、軽い遊び感覚でやっています。

一応、ルールはこんな感じ。

  • 川添→現場監督→まちゃひこ の順番で回す。スキップなし
  • 持ち時間は順番が回ってきてから1週間以内
  • 更新目安は4000字程度
  • 最後の人がタイトルを決める

第一弾「」

第一章 ドロ屋の少女 

第二章 リチャード・ホプキンス

第三章 ナラティブ・アンド・カルキュレーション

第四章 東大路大輔

参加者

川添

lfk.hatenablog.com

Twitter: 川添 (@KAWAZOI) | Twitter

 

現場監督(元・孤高の凡人)

akatokoyr.hatenadiary.com

Twitter:現場監督 (@akatok_oyr) | Twitter

 

若布酒まちゃひこ

www.waka-macha.com

Twitter:若布酒まちゃひこ(びんた) (@macha_hiko) | Twitter

 

 

第四章 東大路大輔

第1弾

そこは交差点だった。四車線道路と六車線道路の交差する大きな交差点。歩道にはアーケードがかかっており、四隅には巨大な、建築規制により高さ制限のあるこの地域において可能な限りめいっぱい巨大な商業ビルがそびえ立っている。このあたりの道路はいつも混雑しており、特に市営バスが停車すると後ろに渋滞ができた。そのたびに交通が一時的に機能不全となる。交通を血流に見立てると、市営バスは悪玉コレステロールにあたる。バスの停車は血管における血栓に相当する。交差点周辺は臓器の密集する繁華街であるため、バイパス手術を行うこともできずいつも高血圧と不整脈を引き起こす。それが街の血流を乱し、動脈瘤といった渋滞や、破裂などの事故に至っていた。

昼の交差点は、遠い国からきた観光客に埋め尽くされた。シアン、マゼンダ、イエロー、様々な色とその中間の肌、三角形、五角形、七角形の骨格をした顔、幾何学模様、植物模様、地獄絵図を描いた服装、図鑑の各ページをつぎはぎしてごちゃまぜにしたインデックスがそこにあった。その先にはしっかりとルーツが書き込まれている。それら全ての行き着く先は、一冊の書物。嗣薹の書は、歴史を記した書物としてとらえられていたが、同時に信仰の対象でもあった。そこには既に起こったであろうできごとと、最近記憶に新しいできごと、まだ起こっていないできごとが記されていた。ある一定の人たちは、起こってない部分を予言として読んだ。予言として読まれた部分は日が経つにつれ、歴史としてより分けられた。

夕方の交差点は黒服で埋め尽くされた。黒服は歩道に併設された地下の出口から続々と流れ出てきた。信号の前にたまりをつくり、信号が変わると再び流れ出した。色鮮やかな光が消えては移動する車道を動脈と見るなら、黒服がゆるやかに流れる歩道は静脈だった。不純物を含み、異臭をはなつ。

「よろしくおねがいしまーす」

「我々は、シリアにおける難民の生活を支援するために、」

東大路大輔が受け取った紙は半透明の原稿用紙だった。小学生の頃に作文を書かされた、緑の罫線で400字詰めのマス目を引いたものだ。そこにはぎっしりと文字が書かれている。枠外には④と番号がふられていた。原稿用紙をわたした若い女性―薄い化粧を目立たせる肌のうるおいと無垢な表情からおそらく大学生だろう―は東大路大輔にしっかりと目を合わせて微笑み、また別の通行人へ声をかけていた。

「なあ、ちょっと」

東大路大輔は女性に声をかけようとしたが、女性は別の女性に声をかけてビラを配った。そこには頭に布を巻いた褐色の少年が写り込んでいた。女性は東大路大輔の声に気づかずビラを配り、また別の通行人に声をかけていた。

「やれやれ、だぜ」

東大路大輔は間に割って入るほどのことではないと思った。原稿用紙を折りたたんでブリーフケースにしまうと、信号をわたり橋の方へ向かって歩いた。風が冷たかった。風は橋をわたるときに川の冷気を含む。長い冬を終え、日照時間を取り戻したこの季節になると、黒服は風通しのよいものへ変わっていた。冷えた空気が歩行者の肌を刺す。交差点を離れ、橋のそばまでくると黒服はわずかになっていた。橋の向こう側からは白面に黒い筋を描く人たちがスカーフをたなびかせながら底の高い靴をこつこつと鳴らし歩いてきた。それは嗣薹の書のどこかに書かれていた情景だった。彼らが書を模しているのか、それとも彼らを見越して書が記されたのか、順番はあいまいだった。

東大路大輔は自宅に戻ると、テーブルに置いたSurfaceを立ち上げ、黒服を脱いで冷蔵庫から缶ビールを取り出した。Surfaceの画面を走らせ、録画していた映像を再生した。仕事終わりにビールを飲みながら映像を鑑賞するのが日課になっていた。ながめる映像はいくつも種類があり、ひとつあたり30分、それが週に一度更新され、だいたいは12週で終わった。そのうちのいくつかは毎週最後まで見続け、いくつかは途中で見るのをやめた。次のシーズンに入ると、これまで見ていたものは昨日のこんだてのようにきれいに忘れた。限られたわずかな映像だけが、別れた恋人のように記憶に残り続け、しかしやがては同じように忘れ去られた。その日再生された映像は、何週目かの続きだった。

それは、天井が高く広々とした建物から始まった。壁には無数の直線が引かれている。空間の奥からは黄緑色の光が照らされ、てまえには制服を着た赤毛の女性が立っている。

「ウォルターよ、君には、むしろ君たちにはと言ったほうがいいかな、我々には、と言ってもいい。ともかく、取り扱えないものなんだよ、ウィリアム先生が死に、リチャード先生もいなくなった今ではな。君はせいぜいその少女を飼い慣らすことしかできまい。私も同じさ、ある意味においては。君と違うのは、連れ添っているのがこのケニトラと、わかるか?この子は君のそのみすぼらしい少女とは違い、私の意思よりもはるか先へと進んでいる。まるで未来が見えているようだ。ウィリアム説の計算式も彼の行動を逆算して当てはめることによってのみ前へ進んだ。これはありえないことだよ。通常ならな。しかしながら事実だ。何よりもこの眼の前にいるケニトラが体現してくれている。私自身はいてもいなくても同じことだ。彼が私を導いていると言っても過言ではない。私だけではない。ウィリアム説も今となっては、彼の行動のあとづけぐらいにしか意味を持たない。先生は彼より先に理に触れたかもしれないが、結局彼より先に進むことはかなわなかった。君たちも同じだ。彼の前では共に等しい存在だ。しかし今のところ彼には補助線が必要だ。正確に言えば、彼に必要なのではない。我々にとって必要なのだ。彼を理解し、彼に付き従う人間が必要なのだ。彼をそのままにしておいても、やがて一人で突き進むことは間違いない。ではその功績は誰が評価するのか?彼の切り開いた道をかみくだき、その恩恵を万物に知らしめる役割を誰が担うのか?私は彼の付属物に過ぎないのだ。ウォルターよ、なぜそこに立つ?なぜ少女は筒を構えている?」

ケニトラと呼ばれた少年はその間も、広い台の上にばらばらになった紙をたぐりよせていた。そして空中に指を広げ、ボタンを押すような仕草をした。

「少佐、その名前はあなたがつけたのかい?カティーナに、ケニトラ、スペルも似ている。まるで母子のようだ」

ウォルターは頬をゆがめた。

「別に撃とうってつもりはない。これの意味は、少佐、僕らだってあなたが思っているよりも重々承知している。あなたがたに言われ、ただドロを集めていたわけじゃないんだ。こんなところでぶっ放したって、ほら、そこにいる彼が全部解いてしまうんだろ?彼女が構えてしまっているのは、単にこれまでの習慣からさ。そりゃあ僕には可逆性拡散理論なんて全く理解できない。それはもちろん彼女も同じさ。しかしね、その意味は肌で感じている。やつらのことも、厄災のことも。それは元に戻らないんだろ?だったらその先にはいったい何があるってんだ。僕はわけもわからずこうしてここに来たわけじゃない」

カティーナ少佐は腕を組み、重心を片足に移動させた。身体のサイズに合った制服は、重心が乗った尻の持ち上がりを形にして見せた。

「私が名付けたかと聞いたな」

カティーナ少佐はウォルターの目をとらえた。

「そうではない、偶然だよ。名付けたのはむしろ、その子だ。君のかたわらにいる、ケニトラと比べればとるにたらない少女だ」

カティーナ少佐は顎を上げ、頭からボロ布を巻いた少女を鼻先で指した。少女は糸で吊られたように真っ直ぐ立ち、細長い銀の筒を脇に抱え手を添えていた。少女の眉はゆがんでいた。目線はカティーナ少佐ではなく、ウォルターにでもなく、広い台の前で紙面を追いかける少年に向けられていた。

監督・脚本  烏丸 洋介マン

東大路大輔は違和感を覚えた。映像が終わるとキッチンに立ち、鍋に湯をはりながら、違和感について考えてみた。監督の名前はふざけていたが、問題はそこではなかった。あの映像をどこかで見たことがあっただろうか。否。映像については先週の回さえ見ておらず、今回が初めてだ。違和感は、既視感ではない。既視感と違和感は別物であり、新しく脳細胞に刻まれた映像に対してerrorの信号が出た。違和感とは、つまり、何かが違うと感じたのだ。違う?何と何が違う。今回の映像と、別の何か。別の何かとは何だ。

翌日、鑑定評価の途中に昼休憩をとるため、東大路大輔は現場近くのコメダ珈琲に入った。評価資料の束をテーブルに置いてクラブサンドとコーヒーを注文し、ブリーフケースに入れていたスマートフォンを取り出そうとしたときに一枚の紙片が目についた。それは昨日の夕方帰宅途中、ビラ配りの女性から受け取り、折りたたんでしまったままにしていた半透明の原稿用紙だった。取り出して広げると、マス目には文字が敷き詰められている。枠外には④の番号。書かれている内容は、

男は何度もここに来たことがあるように慣れた様子でIDチェックを受け、入口の奥へと向かっていった。少女はそのあとを追いかけるようについていった。奥へと続く廊下は男と同じような制服を着た人間が行き来していた。そのかたわらには子供を連れているか、もしくは一人か、または制服同士が連れ添っていた。連れられている子供は制服と手を繋いでいる者もいれば、リードにつながれている者もいる。たいていはうつろな目をしているが、中には感情を目にともす者も見かけた。彼らの目に浮かぶ感情は、少女が知る類のものもあれば、知らない類のもの、まだ自覚していないものもあった。廊下の奥からは黄緑色の光がもれて広がっていた。

「今日はひとつ、試験を受けてもらう」

男はとなりに誰もいないかのように、口元でつぶやいた。

「この試験は僕らにとって必要なものだ。君には必要ないかもしれんが、無理にでも適合してもらうことになる。もし仮に適合しなくとも同じことだ。別の人間があてがわれる。たとえば、そうだ、前に君から聞いた、かつて同じ場所で暮らしていた少年などが対象になると考えていい。もちろん彼ではないかもしれない。しかし結果は誰であれ同じことだ。特別な適性を備えた人間など、いまだかつて見つかった例はない」

続く[4270文字]

第三章 ナラティブ・アンド・カルキュレーション

第1弾

 ……以上ふたつの断片が我々があらかじめ保有していたテキストのすべてだ。「むかしむかしあるところに」ということばがよく似合う寓話的な設定ではあるものの、いまのところそれは我々によって否定されており、すくなくとも「過去に話された現在の断片」という位置付けがなされていて、それは物理的時間の前後を意味するわけではない。ここでは未来さえ過去でありえるが、いまのところ「ここ」は一意的に決まらない。

 語ることにより時間が進められ、寓意が結晶化し、ドロはその隠喩性を打ち捨てる。我々がこの物語に時間と全体性を与えるならば、このようなテキストが続くだろう––––

 

 赤い目の輝きが消えゆく刹那に少女が見たのはそのようなものだった。とらえたのはふたつのつぶらな瞳だったが、それは映像とは言い難いもので、彼女のやわらかな頭蓋のなかで具体的な像は結ばない。「やつ」の身体の一部だった泥の飛沫が、明日の朝には乾いてしまう生暖かさで少女の頰についた。

「名前は?」

 男は繰り返した。かれの手の中で筒の先端が鈍い赤色で最後の叫びをあげるかのように光って消えた。

「ウォル、ター……?」

 そのか弱い発声に、男は目を丸くする。

「もう一度言ってみろ」

 彼は少女の両肩をつかんでゆすった。少女はうわごとのように、同じ名前をくりかえし、やがて声は意識とともに消えた。

 

 ––––断片が強制的に接続されることにより無数にあった任意性はたちまち奪われるが、しかし未だおびただしい数の可能性が不可視の眼前に横たわっている。過去にも未来にも「現在」は不在だ。

「ならば」とひとりが声をあげる。「物語を現在に結晶化させればよいのである」

 かれが着目したのは物理的時間とテクスト的時間の差異だ。時間というものは座標軸に沿って前進することしかできないが、しかしこ両者においてはそれぞれの座標軸の取り方が決定的にちがう。前者はこの宇宙の物理法則に従うのに対し、後者は著者なる存在の筆を絶対としそれはなんらかの物理変数を引数とする関数としては表現されない。

 ともかく「現在」の話をするならば、我々はドロも大陸も持ち合わせていない。それは「現実」を定義する術を持たないからだとかれはいうだろう。白状するならば、「かれ」というのはこの物語自身のことであり、そして我々もまた物語であり、アイデンティティの危機に瀕しているとでもいえばこの独りよがりな切実さをすこしはわかっていただけるのではないだろうか。ドロの海と液状化する大陸に物語的人格を与えるためには、まずその海と大陸を我々は取り戻さねばならない。

「少女はそのために生み落とされた」

「我々の感覚器として」

「過去と未来を接続する文法として」

「現在を見出す希望として」

 そして我々の筆は前方へ向けて伸びていく––––

 

––––ドロ【名詞:doro】

「最悪のあの日」を特異点として世界に致命的な変革をもたらした。大陸を貪り、海に流れ込むことでその規模を広げていき、その生体的挙動は人々にカフカ的不条理な世界を直視させる。それは視覚的に「死」を想起させるのだが、生きるためにそれを除去する労働に徹することにより、人々は「死」に対する感覚を麻痺させ、わずかながらの食物を得ることができる。かつて大陸に栄えた文明はことごとく崩壊しあらゆる職業が消え去ったが、ドロの世界侵食があらたな職をもたらした。人類史上で例をみないラッダイトであり、産業革命である。

 

––––ダイヤル【名詞:dáiəl

「筒」に取り付けられた対ドロ用の対策装置。一般に「筒」と呼ばれるもののパーツとして認識されているが、厳密にはダイアルが筒のかたちをしているものである。

意思を顕在化させたドロが特定の状態になったときに捕獲可能となるが、先行するテキスト世界においてはまだ「朝」「夕」の2パターンの攻略にとどまっている。また、ドロの状態を科学的に検知する手法はまだ確立されておらず、【オートフォーカス機能】の実装が急務とされている。

 

 ––––吐き出された上記のテキストを受けて、テクスト的時間はさらに前進を続ける。

 

【Re:少女の物語】

 大きな音が響く。木製のベッドがいまにも壊れそうな音を立てて軋む。大地は揺れる。怒っているように、笑っているように、泣いているように。そしていまは大地だけじゃない。空が声なき声をあげる。それが恋に近いことを無垢な少女はまだ知らない。衣擦れの音が妙に耳に残った。

 目を覚ましたとき、傍らには男がいた。かれは彼女が目を覚ましたことに気づいていないのか無関心なのか、身じろぎひとつせずひざに乗せた本に目を落としていた。なんの本なのかわからない。そもそも少女はそれが本だということもわかっていない。ドロの中でたまに見つけるそれは、タロイモ7つぶんの価値になるということだけを知っている。しかし彼女が知っているのはそのことだけじゃない。そういう感覚が自分のなかに消し難く穿たれている感触はあるけれども、それを言語化する術を知らない。光の中で見る風景はいつも、どこか懐かしいもので、倒れた後はいつも涙が流れるが、その理由は分からなかった。少女は泣いていた。

 男はそれからたっぷり5分ほどそのままの姿勢を保ち、それからぱたんと音を立てて本を閉じた。そして少女の名前を呼んだ。

「雨は降っているか?」

 少女は窓の外を見る。降っていなかった。

「空はどれだけ落ちているか?」

少女は目を細めて空を見る。落ちてなどいなかった。黄土色の分厚い雲が渦巻いているだけだった。

「動けるか?」

 少女は頷いた。そうか、といって男はひび割れたタイルの上をひたひたと歩き、台所へいくと、まもなくジャガイモ3個を皿に乗せて彼女に差し出した。少女はそれにすぐさま食らいつくと、途中三度むせて咳き込んだが、あっという間にたいらげた。

「今日はドロ運びはやらなくていい」男は皿を回収するとそういった。「代わりに連れて行きたい場所がある」

 男は少女を助手席に乗せ、車を走らせた。向かった先はほとんどドロに飲み込まれた海とは反対側の、しかしドロ収集所の方向とも違った。黄土色に渦巻く空からは時折ドロの飛沫が降ってきてフロントガラスに付着し、ワイパーで振り払うとまるで血痕のようなかすれた痕が残った。

 途中、少女のねぐらにほど近い道を通った。たくさんの少年と少女がこの日も休みなくうつむきがちにドロを運んでいた。ひとりの少年がふと立ち止まり、助手席に座る彼女の方を見ていた。彼女も見ていた。かれは二人分のバケツを両手に持っていて、しかしいま自分が何をしているのかを把握していない、あるいはこれまでに一度も考えたことがないというような白痴的な表情を浮かべながらじっと車を、助手席に座る少女を見つめていた。少女もかれの方へ視線を向けたのだが、それらが交わることを拒むように車はあらゆる風景に対し無関心にスピードを落とすことも上げることもなく、無機質に通り過ぎて行った。男はなにもしゃべらなかった。

 流れる風景のなか、少女の目に突然見知らぬ光景が飛び込んでくる––––ぬるく、鈍いぼやけた視界のなかで緩慢に上昇する気泡––––赤い光のなかで足を震わせながら筒を片手に獣じみた声を上げる男––––隊列を作り、機械のように整然と巨大な建物に入っていく少年少女––––そして雲の切れ間から光り輝く太陽が覗いたかと思えば、はるか上空より落下し突如として視界はブラックアウトする。うっ、と少女は細かい声を上げると、世界は元に戻っている。

 視界は開けていた。はるか遠くの海で赤い光が一直線に少女の目を貫く。ドロが蠢いて、人のかたちをして立ち上がろうとしていたが、すぐさま波に飲まれて消え去った。赤い光がわずかに遅れて消えた。

「着いたぞ」

 ふたりが降り立った巨大な建物には「リチャード・ホプキンス研究所」と書かれていた。少女にはその文字を読めなかった。

 

続く[3274文字]

第二章 リチャード・ホプキンス

第1弾

大きな音が響く、木製のベッドがいまにも壊れそうな音を立ててきしむ。いつものことだ。私達を叩き起こすように毎朝、大地は揺れるのだ。怒っているように、笑っているように、泣いているように、揺れるのだ。

毛布を追いやるように足で蹴り、洗面所へ向かう。白いタイルの洗面所の壁は至る所に亀裂が走っている。雑に補修された亀裂はそれ自体が生き物のようだ。それは揺れる大地と共鳴して、怒っているように見える、笑っているように見える、泣いているようにも、見える。動物の荒い毛がついたブラシで歯をこする。いつまで経っても錆びた水しか出ない水道にはもう慣れた。はじめからそういう色だったのか、うすいベージュのゴワゴワした布を顔に当てながら、外を見る。いつもと変わらない景色だ。履き潰したブーツの中にいるような、腐ったピザを敷き詰めたような、大切な手紙に珈琲をこぼしたような、景色。ただ、空だけが、青い。

一本の細い鉄の棒を抜き、窓を開ける。

「相変わらずひどい匂いだ」

いつものことだ。排水溝の奥のような、洗っていない犬のような、化学薬品の工場のような、鼻孔が嫌がる匂い。

いくつかイモが置かれたリビングのテーブル、二脚ある椅子のひとつにかけてあるジャケットの袖口に付いた土をはらい、太い腕を通す。壁際の散らかった机には割れたディスプレイ、くしゃくしゃに丸められた無数の紙、その上に無造作に置かれた銀色の筒から伸びたコードを引きちぎるように抜く。銀色の筒の下にはところどころが黒く汚れた手紙があって、こう書かれていた。


ウォルターへ

この手紙はきっと君には届かないだろう。
君がどこで何をしているか知らないし、探すつもりもない。
この手紙は私が死んでもずっとここにあるだろう。
これは自分に向けた手紙なのかもしれない。
あるいはただの日記なのかもしれない。

あの日、最悪のあの日からもう40年が経つ。
この土地に残った関係者は、ついに私だけになってしまった。
私たちは加害者だ、あの時、あの場所で、知識や技術があったものは一人残らず加害者だ、そして私たちは同時に奴隷でもあった。理解できないものを、理解したフリをして、理解できないまま進めるべきではなかった。少なくとも私達のような者は、例え地下のオフィスに閉じ込められようと、戦い続けるべきだった。例え殺されようと、叫び続けるべきだったのだ。
聞こえるかウォルター、ずっと地震が続いている。毎日だ。
液状化した大地はこの家のすぐ近くまでを海にした。ドロの海だ。汚染された土が川の水と混ざり、辺り一面がドロの海となった。昔、君が結婚式でプールに投げ入れたチョコレートケーキを覚えているか、私はまるで昨日の事のように覚えている。結婚式も、あの日の事も。
地中のタンクはすべて壊れてしまっただろう。今となっては確認することも難しいが。

もうマスクをする者は誰もいない。
男も女も、子供だって毎日ドロを運んでいる。
永遠に無くなる事のないドロを。

君は覚えているだろうか、いや、読んですらいないかもしれないな。前に手紙を書いた時、私はドロが動いているかもしれないと書いた。どうやらそれは私の見間違いではなさそうだ。最近では私達よりずっと人間らしく動いていて、まるで意思があるようだ。
やつらは人を襲う。花のように。

私にはやつらが何なのか、理解できない。
襲われたところで私達は汚れるだけだ。
やつらは襲っているのではなく、抱き締めてほしいだけなのかもしれない。

どちらにしろ、動くせいで回収が難しくなった。
ウィリアムが作ったバキュームがなければ、誰もやつらを回収することはできないだろう。そのウィリアムも四年前に逝ってしまった。きちんとした使い方も説明しないまま。

ダイヤルってやつが厄介だ。
これを間違うと、やつらを吸うことすら出来ない。
このダイヤルを使いこなすには、ドロの性質を完璧に把握していないと無理だろう。
皮肉なものだな、核を扱っていた私達が、ドロなんかに手こずるなんて。
しばらくしたら、この筒を使いこなせるようなやつを探すつもりだ。
理屈が邪魔をしない子供の方が向いているかもしれない。

リチャード・ホプキンス

 

出窓に置かれた何も生えていない鉢、その横にある木製の写真立て、アクリル越しに微笑む女にかぶった埃を親指で払い、その親指で筒についたボタンを押す。ファンが回転するような音と共に、開口部が青白く光り、ズシリと重くなる筒、その構造は男には分からなかった。筒はこれを入れて三台、うまく使いこなせれば、一日に一トン近いドロを回収することができる計算だった。

「さて、と」

革の鞄に銀色の筒を放り込むと、汚れた長靴に足を突っ込みドアを開ける。爽やかな光が男を黒くする。ハッチを開き、革の鞄を投げ入れる。キーを回す。一度でエンジンがかからない。

いつものことだ。

四度目で体の土を振り落とすように、車体が震える。

いつものことだ。

あの道を右に曲がると、何十年と毎日見続けても、絶対に見慣れることのない景色が広がっているのも、いつものことだ。

しばらく走ると、橋が見える。橋の手前に車を停め、ハッチを開ける。革の鞄を肩から下げ、斜面を降りる。至る所でなにかが蠢いている。何人かは人かもしれない。しかしそのほとんどがドロだろう。汚染された人間が作り出した、汚染されたドロだろう。鞄から銀色の筒を取り出し、ボタンを押す。ファンの回転するような音の後に、開口部が青白く光りだす。ズシリと重くなったことを確認すると同時に、考える。

昨夜、雨が降って路面が濡れていた。いつもよりドロは薄くなっているはずだ。

長い筒を左手で支えツマミを捻る。音の質が変わる。青白い光が僅かに黄色を帯びる。

グジャッ。

筒の先をドロに向け、足を取られながら走り出す。

ドロがこちらに気づき、赤い目がアザミのように変化する。全身が膨張したかと思うと、やがて自らを抱き締めるように収縮し、こちらに向かって走り出す。

赤い光に包まれたかと思うと、男はドロの上に倒れていた。

光の中で見る風景はいつも、どこか懐かしいもので、倒れた後はいつも涙が流れるが、その理由は分からなかった。

「また失敗か」

いつものことだ。

 

続く〔2507文字〕

第一章 ドロ屋の少女

第1弾

少女が歩いている。両手にバケツをさげ、その中はドロがいっぱいにつまっている。少女はドロをはこんでいた。バケツいっぱいのドロを両手にさげ、ドロ収集所まで歩く。ドロを流すと来た道を戻り、浜辺まで歩く。浜辺に着くと、ドロをくみあげる。バケツ二杯がまんたんになると持ち上げ、浜辺からドロ収集所まで歩く。少女は浜辺とドロ収集所の往復を繰り返していた。収集所にドロを流すと、少女はしるしをもらえる。しるしがたまると、イモと交換してもらえる。少女はドロをはこんで交換したイモを食べ、暮らしていた。

ドロをはこばない日もあった。しるしがたまって余裕のある日、少女はドロをはこばなかった。しかしそれはごく限られた日だった。たいていは毎日ドロをはこんだ。雨の日はドロがうすくなり、はこんでもしるしをもらえなかった。雨の日は少女にとって休日だった。気温が低いと、ドロが固まりバケツにくみあげられなかった。そういう日は気温が上がる時間帯だけドロをはこんだ。天候が悪かったり、体調を崩す日が続くと、何日もドロをはこべなかった。ドロをはこべない日が続くと、少女は少年とイモをわけあった。少年は少女より幼く、一度に一つのバケツしかはこべなかった。少女がドロをはこべない日は少年のイモをわけあい、少年がはこべない日は少女のイモをわけあった。二人ともはこべない日は残りのイモをわけあい、イモが切れると二人とも飢えた。

少女と少年は、ドロの浜辺近くにある洞窟で暮らしていた。その洞窟に住むのは少女と少年だけだった。他の洞窟にはまた別の人たちが住んでいた。洞窟だけでなく、木でできた家に住む人もいた。彼らはみな、少女や少年と同じようにドロをはこんで暮らしていた。何日もドロをはこべない日が続くと、人は浜辺の近くを離れていった。そして少年と少女だけが残った。またドロをはこべる日が続くと、どこかから人が流れてきた。彼らは残された家や空いている洞窟に移り住み、またドロがはこべなくなると消えていった。少女と少年は一度も浜辺を離れることがなく、同じ毎日が続いていた。

収集所にドロを流し、空になったバケツを持って帰る途中、少女は一人の男とすれ違った。背の高い男だった。仕立ての良い服を着て、縦長の帽子をかぶり、襟首には長方形の金属片がついていた。このあたりでは見かけることのない服装だった。収集所の職員は服を着ていたが、少女や少年、それ以外にもドロをはこぶ人たちは頭から布をまとっていた。一日が終わると彼らがまとう布はドロにまみれ、脱いで干しておけば翌朝にはドロが乾いて落ちていた。そしてまた頭から布をまとい、バケツを持って浜辺へ向かう日々を送っていた。

空になったバケツを持ち、浜辺へ戻った少女は、バケツにドロをくみあげ再び収集所まで歩いた。収集所には先ほどすれ違った背の高い男がいた。職員と話している。職員はあたりにいる人を指差し、そして少女の方も指差した。背の高い男はその指を目で追っていた。少女は二人のいる場所を通り過ぎ、バケツから収集所へドロを流していた。バケツが空になると少女は振り向き、浜辺へ向かって歩こうとした。

「おい」

少女は背の高い男に呼びかけられた。少女は男の方を見た。男は無表情で少女を見下ろしている。

「きみは、ドロ屋だな」

「…ドロヤ?」

少女は「ドロ屋」という言葉の意味がわからなかった。男は少女に向かって問い続けた。

「そうだ、ドロ屋だろ」

少女は男にたずねた。

「ドロヤってなに?」

「ここでドロを売って生活しているんだろ」

「うって…?」

少女は「売る」という言葉の意味もわからなかった。男はやや動揺した様子を見せ、少女にたずねた。

「きみ、言葉はわかるか。僕が何を言っているか通じているか」

「わかる」と少女はこたえた。

「そうか、それで、ドロ屋ではないのか。ここでドロを売って生活しているのではないのか」

男の質問に対し、少女はこたえた。

「『ドロヤ』はわからない。『うって』もわからない」

「そうか、まあいい。とにかくきみはドロをここに持ってきているんだな」

「そう」と少女はこたえた。

「ついてこい」と言って男は少女の腕を掴んだ。少女の腕はドロだらけで、男の手袋にドロがついた。男は少女から手を放し、両手袋を擦りあわせてドロを落とした。

「こっちだ」

男は向きを変え、少女に合図をして歩いた。少女は空になったバケツを持ち、男のあとをついていった。男は収集所を回り込み、そこにとめてあった車に乗り込んだ。

「乗るんだ」

男はそう言って車のドアを閉めた。ドアの外側に立つ少女は、その場から動かなかった。男は車の窓越しに少女を見た。少女は布の間から顔を出し、男を見ていた。男はドアを開け、車から降りた。そして車の反対側に回り込むと、「こっちだ」と少女を呼んだ。少女が男のいる方へ向かうと、男は助手席のドアを開けた。

「乗るんだ」

「乗る」という言葉を少女は知らなかったが、中に入れという意味だろうと思い、車に乗り込もうとした。

「待て、バケツは置いていけ」

少女は振り返って男の方を見た。男は少女の両手からバケツを取り足元に置いた。

「さあ乗れ」

男は手で合図した。少女が車に乗り込むと男はドアを閉め、回り込んで運転席に乗った。

少女と男を乗せた車は走り出した。

少女は車を知らなかった。動物の鳴き声のような音が聞こえると身の回りが揺れだし、身体がうしろに引きよせられたかと思うと目の前の景色がみるみる動いていった。少女は思った。これは移動しているのだ。今まで経験したことのない速さで移動している。少女はどこかで似たような光景を見たことがあると思った。それは少女の夢の中だった。夢の中で少女は、これと同じか、それぐらいの速さで移動していた。地上なのか、宙を飛んでいたのか、はっきりとはわからない。そんな夢で見た光景と、今目の前で起こっている景色の移動を重ね合わせていた。

男は少女に何も言わなかった。少女も何も言わなかった。車中はエンジン音だけが鳴り響き、ときおり大きく揺れた。男と少女を乗せた車は、ドロ収集所からどんどん離れていった。

男は一度車をとめると、ドアを開けて車から降りた。車の外に立っていた男は、しばらくするとまた車に乗り込み、エンジンをかけて走り出した。

空は少し暗くなっていた。もうドロ収集所や浜辺からかなり遠いところに来ていた。車は走り続ける。

「君は、どれぐらいドロ屋をやってるんだ」

少女は「ドロヤ」がドロをはこぶことだと思った。

「ずっと」

男は助手席の少女を見た。頭から布をまとう少女。背が低く、布の隙間から出た手や脚はやせ細っている。少女の手についたドロが、助手席のシートを汚していた。男はハンドルを握りながらフロントガラスの方へ向き直った。

「ずっととは、どれぐらいだ。何年ドロを運んでいる」

「ナンネン?」

少女はまた知らない言葉を耳にした。

「そもそも、きみは今いくつだ」

「…いくつ?」

少女の反応は男をいらだたせるものがあった。しかしそのいらだちは、少女自身に対して向けられたものではなかった。

「とにかく、ずっとなんだな」

男は声を落ち着かせて言った。

「そう、ずっと」と少女はこたえた。

「だったらドロのことはよく知っているな」

男はつぶやくように言った。少女の反応も確認しなかった。そして車は走り続けた。

空はもう暗くなり、月と星が出ている。車はフロントライトの明かりを上下に揺らしながら走る。明かりの向こう側、空の下には海が見えた。少女は一瞬、浜辺へ帰ってきたと思ったが、すぐに違うと気づいた。少女の住むあたりとは地形が異なっている。車は別の浜辺に来ていた。

男は車をとめた。エンジンを切ると、車内はしずかになった。男は車を降りて回り込み、助手席のドアを開けた。

「おりろ」

少女は車から外に出た。そこはたしかに浜辺だったが、少女の知る浜辺ではなかった。男は車のうしろへ回り、トランクから何かを取り出して戻ってきた。男の手には長い筒があった。

「あそこにいるものがわかるか」

男は指差した。男の指差す方には、何かが動いていた。一部が赤く光り、全体をぼんやりと照らしていた。それは人の形をしていた。二本の足を持ち、ひきずるようにゆっくりと動いている。

「ドロ」

少女は考えることなく、そう口にした。

「そうだ、ドロだ。きみにはここでドロを集めてもらう。ここにいるドロはあのような姿をしており、移動する。だからドロを集めるにはバケツではなく、こいつを使ってもらう。バケツに入れてもやつは逃げてしまうからね。ここのドロはきみが今まで集めていたドロと違うが、基本は同じだ。性質は変わらない。違うのは、やつが移動することと、形態を自由に変化させることだ。きみはやつが、つまりドロが形態変化することを知っているな?やつは固まったり柔らかくなったり、伸びたり縮んだりする。しかしやつを回収できる形態は決まっている。やつを回収できるときは、きみがいつもドロを集めているときと同じだ。寒い日にドロは固まり、回収できない。雨の日にドロは流れ出し、回収できない。ある一定の状態のときだけ、ドロは回収できる。そうだな?」

男は少女を見た。少女は何もこたえなかった。

「まず、僕が手本を見せるとしよう。今からやつを回収してくる。しかし、僕にはきみと違って決定的に足りない部分がある。やつを見てくれ」

少女は「やつ」と呼ばれた方を見た。一部分が赤く光り、ヒト型の全体をぼんやり照らした物体。二本の足を持ち、形こそ人と同じであれ、ひきずるように動く姿はあきらかに人間のそれと異なる。あれは間違いなく、ドロだ。毎日触れ、バケツに入れてはこんでいるドロだ。

「やつが今、どの状態かわかるか」

ジョウタイ、少女はドロを見た。ジョウタイ、今のドロは、

「少し前に雨が続いて、ぬかるんでいたから、その日の朝はやめた。昼になってからドロをはこびはじめた」

「どっちだ」

男は長い筒を左手で支え、右手でダイヤルを調整しながら少女にたずねた。

「どっち?」と少女はこたえた。

「朝か、昼か!!」

男は叫びながら「やつ」目がけて走り出した。その手にかかえた筒の先はまっすぐ「やつ」に向けられていた。「やつ」は赤い目を男の方へ向けるとヒト型だった体は花が咲くように拡がり向かってくる男の全身を包み込むように襲いかかった。少女は目の前を通り過ぎている状況に追いつくよりも先に男に向かって「朝!!」と叫ぶと男は筒の先を「やつ」の赤い目に突き刺し今そこに見えていた花がしぼむように筒に吸い込まれていった。「やつ」は目の前から消えた。

男は筒をかかえ、少女の方へ歩きながら言った。

「この筒はね、やつの状態にダイヤルを合わせれば回収できる。しかし僕にはね、やつの状態が判断つかないんだよ。僕だけでなく、多くの兵士がそうだ。ところできみ、名前はなんというんだ」

続く [4397字]