第五章 The Rose

みて、さっきあな掘ってるときに、こんなんひろてん。きれくない?なんやろ、真鍮かな、シルバーじゃないとおもうんやけど。きれえやろ、ブローチっぽくないこれ。ほらここで留めるんちゃうん。ちょっとこれあんたにつけたるわ。うん、ようにおとる。さむ、汗かいたしめっちゃさむなってきたわ。あーあ、くつしたもびしょびしょや、ながぐつ履いてきたらよかったなあ。とりあえず、こんなんでええやろ、どうせすぐみつかるからさ。あいつら、どこにでもおるし。なんかコンビニの監視カメラとかぜんぶ施設につながっとるらしくてな、いつでもみたりできるらしいわ。こんなふうに黒いぬのかぶって、見た目だけごまかしても、すぐちがうてわかるんやて。あんたがうまれるまでは、あんなぎょうさんおらんかってんけど。むかしは黒いふく着とるやつは、ドロの子やいうてイジメられとったんや、あたしも低学年のときは、ようどろだんご投げられたりしとったもん。それがいつのまにかな、せやなあ、中3ぐらいかなあ、だんだん黒いふく着てないほうがイジメられるようになって、しらんまに、学校っていうか町ぜんぶが黒なってしもたんや。なんでこんななってもうたんかいっこもわからんけどな。あー、いまめっちゃあまいパンたべたい。コンビニの、ちぎりやすいようになってるやつ。なかにチョコレートのクリーム入ってるやつ。あれな、ふくろむいて出すときな、うちがわにもう一枚ふくろみたいなんあってな、それにパンの表面がくっついて、ぼっりぃちぎれてもうて、めちゃめちゃ出しにくない?ほんで、手でひっぱらんようにふくろさかさにしてぶんぶんふるやんか、ほんならチョコレートクリームにかかっとるチョコチップがな、ぜんぶばらばらって落ちてまうねん。ほんでな、きいついたらシャツやらスカートのな折り目のとこに勝手にはいっとってな、勝手に溶けてくっついとんねん。あ、スカートのここ、めっちゃ血ついとるわ。

この場所な、あたしまえからよおきとってん。カレシがなドカタやっとってな、この場所教えてくれてん。ほしがきれいに見えるいうて。くるときとおった川にほたる見にきたこともあるわ。さっき立入禁止のフェンスあったやろ、ああいうフェンスな、だいたいくるくるまわすやつか、ぽちぽち押すタイプの鍵ついてんにゃて、ほんでそれの番号はだいたい、いちいちぜろか、ぜろななにい、やねんて、いちいちぜろはなんでや思う、ひゃくとおばんや、わるいことしよるやつはひゃくとおばんって数字をいやがるやろって、心理的ななんかそういうやつらしいねんけど、それを悪いことやとおもてなかったら、そもそも意味ないよなあ。ぜろななにぃは言わんでええやろ、あほのドカタのしょうもない発想や。あいつらはそんなことしか考えとらへん。なあ、あんた生まれ変わったら、なにになりたい?あたしは、花になりたい。こう、ぱっと咲いてな、ぱっと散るねん。ええやろ、だれに見られることもなく、かってに咲いて、かってに散るねん。それかトランペットやな、トランペットにもなりたい。本命はトランペットやわ。ほんでな、あの黒いやつら、ぜんいん吸い込んだるねん。ぜーんぶ吸い込んだらな、どっかだれもしらんひっろいとこにな、まとめてゲロみたいに吐き出したるねん。きったないやろな、くさそうやし、ほんでな、あたしもうきめてんねんか。そんときに歌う曲はアメージンググレースって、いまからもうきめてんねん。

あーなんか音楽ほしない?最後なんやから、こう、壮大な感じのさ、しずかあにピアノからはじまって、チェロはいってくるやろ、ほんでヴァイオリンとかなりだしたら、ばあーんてティンパニーとか入ってくるようなん。しもたなぁ、ウォークマン持ってきたらよかった、こないだな、あたしの誕生日にカレシがな、ウォークマンくれたんよ。新しいの買うたし、古いのやるわいうて、32ギガのやつ。さいきんそれにもともとはいっとった曲ばっか聴いとったんやけど、ぜんぜんしらん聴いたこともないような古い音楽ばっかでな、それがけっこうええねん。なんかむかしの黒人の音楽なんやて、変な名前のおっさんばっかりなんやけどな、そんなかにマディウォーターズっておっさんがおってな、そいつがめっちゃかっこええねん、なんかこう叫んでるようにもきこえるし、泣いてるようにもきこえるし、なんやろな、うーん、まあこう、なんとも言えんかっこよさがあるんやって。ほんでな、そのマディウォーターズのうしろでハーモニカ吹いとるリトルウォルターってひとがあたしめっちゃすきやねん、小学校のときにぷーぷー吹いとったやろ?あれがハーモニカのイメージやったんやけど、そんなんとぜんぜんちごてな、こう、ぎゅーんってかんじ。ハーモニカってあんな音出るんやって感動したわ。そうそう、ほんでそのカレシがな、さっきくるときうととった歌、アメージンググレースあるやん、あれな、黒人の奴隷がつくったっていうねん。しらべてもな、奴隷商人しとった白人がつくったって書いてあるし、諸説あるとはいうけど、そんなはなし聞いたことないやろ。せやけどカレシはな、あの作曲のしかたは黒人しかできひんいうねん、あれは讃美歌とちごて、ブルースやって。あんたどう思う?はなし変わるけど、さっきのマクドの店員さん、ライトニンホプキンスにめちゃくちゃ似とってちょっと笑てもうたわ。

マクドで思い出したけど、ポテト食べる?もうしなしななっとるけど。かばんのなか入っとるわ。ポテトって、冷めたほうがおいしない?さいしょのさくさくっとしてるときより、ちょっとほったらかしてしなしななったほうが、あたしすきやねん。あの感じをだすために、わざとレンジでチンしたりするもん。しなしななったポテト、すぐ枯れる花みたいですきやわ。あんたはどこのポテトが好き?あたしはマクドがいちばん好き。ほかのとこのポテトはイモ感をすごいだしてくるやん、ふとくしたり、きれこみがあったり、ねじったり。あれはイモであってポテトではないねん。たとえばコーヒーと缶コーヒーあるやん、あれはまったくべつものやねん。そんなんふつうにかんがえて豆から挽いたコーヒーのほうがおいしいに決まってるやん、でもな、缶コーヒーには缶コーヒーのおいしさがあるねん。ハーゲンダッツもおいしいけど、ガリガリ君もおいしいやろ、タイミングによってはガリガリ君のほうがおいしいときもあるやん。ゴディバももらったらめっちゃうれしいし、しぬほどおいしいけど、コンビニのブロックチョコもしぬほどおいしいやん。そういうんをいっしょくたにかんがえて、くらべたりすんの、あたしめっちゃきらいやねん。

あ、あいつら来よったな。あそこほら、光ってんの動いとるやろ、あれ、警備員のヘッドライトや。ほんまどこから情報入れてるんやろな。おもってたよりだいぶはやいわ。あいつらがここのちかくまで来たら、あたしもう行くからな。あとさあ、なんかいもきいてごめん、これ、二回目もやりかたおなじなん?ここのレバーみたいなんはずしたらええん?ほんでにぎるだけ?なんかひさしぶりやなあんたとこんなしゃべったん。あたししかしゃべってないけど。あんたがしゃべらんようになったんはあのときからやけど、あたしがようけしゃべるようになったんもあのときからや、あんたのぶんもしゃべっとんねんあたしは。あんたちっちゃいころ、前世の記憶あるいうてたやんか、おかあさんのおなかのなかにいたときのこともおぼえとるって。もし生まれ変わったら、またいまの記憶あるんかな、そんなんあたし、ぜったいいややわ。なんかいも、なんかいも、くりかえすとか、すべてのひとにうまれてきた意味があるとか、そういうのだいっきらいやねん。せやけどもし、あんたが生まれ変わって、いまの記憶があって、あたらしいとこでおねえちゃんのこと見つけたら、あんた、ずっとあたしのそばにおりよ。そのときあたしはトランペットかもしれへんけど、ずっと、ずっとあんたのそばにいるからな。

 

しぬんこわい?

あたしも、こわない。

 

 

死者48人、負傷者128人に及ぶ宗教法人『コスモス』の本部で起きた自爆テロ事件は、年に一度行われる祝祭の日に起きた。施設の大規模改修工事によって普段の大きな礼拝堂ではなく集会などに使用されていた比較的小さな会場で行われた今回の祝祭を狙ったこの事件は非常に多くの犠牲者の出した。同筋によると、橘京子容疑者(19)は約600人が集まっていたとされる会場に母親の名前を使用して参列、祝典の最中、突然歌を歌いながら纏っていた布を脱ぎ、自身の体に固定していた複数の爆発物を起動させ、犯行に及んだ。事件の前日『コスモス』の信者であった母親を自宅で殺害、母親の遺体は自宅から2キロほど離れた山中に遺棄されており、同現場には頭部に銃弾の痕跡がある橘京子容疑者の弟、橘一彦(14)の遺体があったことから、これら一連の事件が橘京子容疑者ひとりの犯行で間違いないとされている。また近隣住民が撮影した施設が暗闇の中煌々と燃える様子が真っ赤なバラに酷似していたことから、この事件は【ザ・ローズ】と呼ばれた。メディアが一切報じなかったにも関わらず、この事件はインターネット、SNSなどで拡散され、事件の際に役員のほとんどを失った『コスモス』は橘京子容疑者を神格化した新興宗教団体『薔薇』からの攻撃を受け続け衰退した。事件が起きた施設は『薔薇』が奪い取るような形で買い取ったが現在は使用されてはいない。随所に散りばめられた美しいバラのレリーフの色が殺された『コスモス』の信者の血で塗られていたなどの噂もあり、現在でも立ち入る者が後を絶たない。

 

続く[3934文字]